2013/01/10

親の老後

1月も10日過ぎましたね。

日一日一日がこれまた早く過ぎて行きます。

ここ2,3年私の周りでも親の介護のことで話を聞くようになりました。

それにフレンズの方の介護の話も聞いてると「他人事じゃないなあ」って思っていました。

それが本当に他人事じゃなくなってきました

3年前に父が他界してから母は実家で一人暮らししています。今79歳

なにもかも父任せだった母。

当初は「一人で暮らせない」と不安がっていましたが、弟(長男)が月に一度帰省することや、近くに住む母の妹や近所の人の助けを借りてなんとか今まで暮らしてきました。

春~秋までは大好きな土いじりができるので、気持ちも落ち着くんですけど

寒くなると気持ちが落ちることで、体も思い通りに動かなくなります。

体が思うように動かない原因は、父が健在の時からリウマチを発症(リウマチ性多発筋痛症)したのもあります(6年前)
それからずっと再発防止のための薬を服用(ステロイド剤)しています。

2年ぐらい前に一度再発し、2週間ぐらい入院したのですがそれ以降はリウマチの痛みなどは出ていません。

母は40代前半ぐらいから血圧の薬をずっと服用、それに加えリウマチの薬。

よく「馬に食べさせるほどの量だ」と冗談で話していましたが、本当にそんなぐらい薬の量が多いんです。

そして父が亡くなってからは精神的にも不安定になり精神安定剤もたまに服用。

昔から神経が高ぶると眠れなく、何度も夜中起きるとかそういう症状がありました。

それはそれで更年期の薬?ももらってたようです。

何十年もたくさんの薬漬けで薬なしではいられず、薬がないと不安になる感じですね。

今年のお正月は私は帰っていなく弟(長男)一人が帰省していました。

年末早い時期から帰っていた弟が「今年の冬は前回よりだいぶ体が辛いみたいだ」と言っていました。

弟が帰る前に体調悪くて近所の人に診療所に連れてってもらったらその診療所の院長が「これはノロウイルスだから入院しなさい」みたいに言ったらしいんですが(ちょっとお腹壊してたけど、吐き気は一切なかった)

素人目でも入院する必要あるの?という感じだったらしんんですけど、点滴を2日ほど受けるだけにしたそうです。

それで叔母や周りの人も長男が帰るまで待ったらということで入院はしませんでした。

前からそうだったんですけど、日によって体調の悪さにムラがありました。

冬場は特に。

その体調の悪さというのが本人しかその辛さを表現できないけど、秋田弁で「こえぇ~」って言います。

怖いって言う意味ではありません(^▽^;)

なんというかな~疲れた時の疲労感とか倦怠感とか、、、そんな感じです。

たぶんどうしようもなくだるいって感じなんでしょうね。

食欲は普通にあるけど、ちょっと動くと「だるい」って感じ。

あと最近では顔のむくみがひどくなってきたようです。

それでお正月明けに弟が付き添いで6年間かかってた病院で再度検査をしました。

こんなにだるいし歩くのも大変 顔も浮腫んできた、入院できないか?って聞いたら

「検査してなんの問題もない入院は無理」

と言われたようです。

前からですけど、入院させると赤字になるらしいですから。病院側はなるだけ入院はさせたくないようです。

それに「リウマチの薬の副作用はある程度しょうがない」みたいな。

確かにリウマチの薬の副作用には倦怠感とか浮腫みとかあるようです。

担当医からはデータで悪い結果が出ないし、理由がわからないみたいに言われ

「一人暮らしも原因の一つでは?」とも言われたとか。

弟的に感じとったのはそういう精神的なことはこっちでは関係ないから!と言ってるようだと。

でも副作用で「薬剤惹起性うつ病」を発症する場合がある。

インターフェロン製剤、副腎皮質ステロイド薬などの服用により起こることが知られている。ともあります。

副作用の軽減などを考えてくれればいいのに、まるでどうでもいいような態度に弟はあきれてしまったようです。

普通なら「しょうがないのか、、、」って思うところでしたが

ちょうどそんな時期に母の昔からの友達が年始の挨拶で電話をしてきたのです。

体調の話をしていたら、そのお友達の親類の人がリウマチ(関節リウマチ)で母と同じ病院で治療していたが、一向によくならない。
その時その人の甥っ子さんて方が昭☆大学病院に勤めていたらしく、リウマチの専門医の先生を紹介してくださり受診したそうです。

そしたら考えられないぐらいよくなって帰って来たという話を聞いちゃった母は「診てもらいたい!」という気持ちが沸き起こったらしいです。

その話を聞いた時から東京へ行く気満々(笑)

翌日は前日とは全然態度が違ったそうです。

精神的な部分が多分にありますよね。

そのよくなった人はたまたま治療が合ってたりしたんだと思うしみんなそこに行って治るという補償はまったくないけども、「藁をもすがる思い」があったと思います。

それに弟が帰ってからまた一人で暮らすことに非常に不安を感じ始めていたそうです。

実家の近くには冬場だけ住める高齢者の一人暮らし用の施設があります。

そこにいずれは住むように手配しなければという話は前から出ていました。

でも、なんとなくまだまだ一人でも大丈夫そうだし、話を進めないまま今まで来てしまいました。

だけどもう80歳近いですからね、高齢者は日一日に変化があることに私たちはもっと注視しなければいけなかったですね。

精神的にももう限界にきているみたいで、これは早々に手続きをしなければなりません。

ただ、その前に今回のセカンドオピニオンをきっかけに4年ぶりぐらい(その時は家には来ていません)に東京へ来て過ごすことになりました。

ま、私の狭い家で。

それも5階まで階段(^▽^;)

ホテル暮らしにしようと思ったのですが、結局ホテルにいても一人で出歩くことはできないだろうし

うちにいるのも一緒かな~と思い、階段はゆっくり一段ずつ上れば歩けないわけじゃないし大丈夫だろうと思います。

隣のちょっとボケた86歳のおじいさんも昇ってるしね。

ということで日曜日から母が上京します。

長男は「バトンタッチだ、ちょっと俺もゆっくりしたい」と言ってました。

確かに、、、今回もいろいろと病院やら何やら動いてくれたので東京にいる間は姉ちゃんにまかせてくれ!って感じ?(笑)

でも、私も自分の生活パターンもあるので母にもそれはわかってもらいお互い無理のないように過ごしたいと思っています。

まずはセカオピの病院の結果でこれからの状況も変わりますからね。


夫は2日から仕事が始まったのでゆっくり正月気分を味わえなかったのですが、この前久しぶりに二人で出かけてきました。

と言っても近所のら☆ぽですけど。
(ここから折りたたみます)


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2009/02/26

まだまだ落ち着きませんね~

コメント欄を閉じているにも関わらず、たくさんの方に心温まる拍手コメントをいただき
ジーンと胸にしみわたっています。
本当にありがとうございました。
私の体調も心配していただいてるんですが、実家から帰ってきたら
久々「口唇ヘルペス」3個もできちゃいました(>_<)
実家にいた頃はよーくできてたんですよ~(子供の頃から免疫下がりまくり?)
あの冷たい風にさらされるとダメみたい・・・・
口紅も塗れないので今ずっとマスク生活です(^_^;)

私のうちの地域は仏式ではなく神式なので、お葬式は「神葬祭」といいます。
そう、お坊さんではなく神官さん(神主)です。
そしてお焼香ではなく玉串奉奠です。
葬式が終わった後 直会(なおらい)で故人を偲びながら会食します。
通常、仏式だと初七日というのですが、神式だと十日祭です。
十日祭は葬式の当日に一緒に行います。
そして、次は四十九日ですがやはり十日、十日でいくので五十日祭になります。
五十日祭が終わって忌明けになるらしいです。
五十日かけて天国へいくそうです。

なんだかまだ父は生きていてどっかに行ってるような感覚です。
3年前は初じめての海外旅行がトリノオリンピックを見に行くと聞いてびっくりしたんですよね~
あの頃めちゃくちゃ元気だった
カメラが好きな父はたくさん写真も撮っていました。
弟と話してたのは、「どっかまた長期で旅行してるような感覚だよね」って。
煩雑な日常に戻って通常通り暮らしていますが、ふとした時「あーもういないんだ・・・」と
寂しくなります。
そのうち時間が解決してくれるとは思うんですけどね・・・・・・

ただ、現実に心配なことが・・・・・
母のことなんです。
今まで全部父に任せっきりだったこともあり、これから一人で生きていけるのかと本当に心配になるぐらい傷心しています。
父が生きてる頃はわりと強気な母親でしたが、父が入院してからはいろんなことが頭の中をぐるぐるしてるような感じで、時に不機嫌になったり落ち込んだり、私たちもしょうがないと思っていました。
でも、そういうとことから「鬱」になりやすいって聞くし・・・心配ですね。

夜眠れないと言って病院では安定剤をもらって飲んでたようです。
夜中に何度もトイレに起きてしまうので寝不足。
だから昼間もソファなどでゴロゴロしてるといった感じでした。
寝不足はその頻尿も原因だろうからと、病院に行った時頻尿を改善する薬のことを聞いて処方してもらったらしいです。
2年前にリウマチの疑いもあり、それ以来薬を飲み続けています。
血圧の薬があったり、ホント何種類の薬を飲んでるんだ?てぐらい多いんです。
飲まないと安心しないみたいなんですよね~
自分の体が思うように動かないのも、気分が沈む原因みたいです。
夜は1人でいるのが怖いというか・・・・精神的に落ち着かないので近所で仲良くしてもらってるおばさんに泊まりに来てもらうようにお願いしました。
でも、ずっとってわけにいかないですよね。
ここにきて自分たちが親元を離れてる故の大変さが身につまされます。
でも、現実に実家へ戻って暮らすことは無理なんですよね。

ま、悲観的に考えず今できることをやっていこうと思います。
それは顔を見せて話を聞いてあげることですかね。
仕事しながらなので週末限定ですけど、可能な限り帰りたいと思ってます。
また、市の福祉課とかにも相談してみたりしようかなと思っています。

今週末もちょっくら帰ってきます。土日でね。
夜行バスは久しぶり。眠れるかしら・・・
でも、運賃安いのよね~

そうそう帰ったら母にフェイシャルトリートメントしてあげようと思います。
ネロリ・ローズで心地よい香りに包まれれば、気持ちも軽くなると思うから

はりきっていた(そこまではりきってなかったけど)フラの発表会へはちょうど葬儀などで出ることはできませんでした。(衣装まで作ってもらったのに・・・・)
でも、フラはこの先続けて行くので次回の発表会は6月らしいです
先輩にも「せっかくだから続けていこうね、何も考えず踊って頭をクリアにするのも大切よ」って。
ホントそうかも。
今度の月曜日は久々フラ踊ってきます。

コメント欄なんですが、お返事が遅くなりそうなので今回も閉じておきます。
それにみなさんのブログにもお邪魔できなくて・・・・・
ごめんなさい

もう来週は3月ですね。
あたたかい日差しが待ち遠しいです。
2009/02/19

帰ってきました。

今日(もう、昨日か)実家から帰ってきました。

最初に・・・・・

父は12日の朝10時47分に他界しました。

前日から病室に泊って、朝までほとんど眠らず、父の側についていました。

母・弟二人の到着を待っていたかのように、病院に着いて1時間もせずに息をひきとりました。

最期はあまり苦しまずに逝けたと思います。

今まで痛みに耐えていたから最期ぐらいは安らかに逝ってほしかったので、主治医にも「苦しまないように」と頼んでいたのです。

15日には無事葬儀が終わりました。

父を慕っていた方々のご協力で、弟もなんとか喪主を務めることができました。

病気知らずの父がまさか癌に冒されるなんて・・・・・

まだ死んだというのが信じられないです。

ただ、悲しみに浸ってばかりもいられないのが現実です。

これから母は一人になります。

いろいろ考えていかなければなあと兄弟と話てきました。

心配してメールをくださったフレンズさん

本当にありがとうございました。

とてもうれしかったです。


それから

前々回、前回の記事へのコメントのお返事をお一人ずつしたいのですが、

今、少し余裕がなく書くことできません。

申し訳ありません。

もう少し落ち着いたら新しい記事をUPしますね。
2009/01/16

久々冬に実家へ帰ってきました。

早いもので一月も中盤になってきましたね。

早いなあ~

今回の連休は実家へ帰ってきました。

冬に帰るなんてホント何年ぶりかなあ~ってぐらいです。

寒さが苦手な私、、、、、冬は避けてました(^_^;)

今回秋田新幹線こまちと在来線を利用して帰ったんですけど、JRもいろいろお客さん集めにがんばってるなーと思った。

それは『三連休パス』というのがあるんですよ。

3日間のうち新幹線も特急券も使えて乗り降り自由で26,000円

秋田の実家まで片道16000円ぐらいかかるからお得でした。

今年はあと3月20~22日までの三連休に使えますよ~ 旅行を考えてる方はおすすめ!

但し、JR東日本全線、JR北海道の中小国~函館間、青い森鉄道線、IGRいわて銀河鉄道線、伊豆急行線、北越急行線の特急(新幹線含む)・急行列車の普通車自由席が利用できるきっぷ。

その三連休パスを使って秋田新幹線こまちの指定を取り、東京駅でお弁当を買ってゆっくりくつろぎ、もうすぐ秋田に到着の時に、車内アナウンスが入り

秋田から実家のある最寄駅まで行く列車が強風のため運休だって!

「えええー

到着時間に合わせて母と叔父が駅に迎えに来る予定になっていたので、すぐ連絡を取りたかったんだけど、叔父の家の電話番号わからず・・・・

すぐに弟に電話して、教えてもらい叔父の家に電話をしなんとか事情を説明したんだけど、秋田駅に着いてから運休した列車の代わりにバスが代行するということで、1時間遅れで最寄駅に到着。

連休初日から日本海側かなり大荒れだったのよね~

秋田でも雪の多いところと、全然ないところの差がすごく大きい。

実家は内陸なので、雪深いのよ~

雪が積もらないところは、逆に風が強いの。海風ってやつ。

下の写真の地域はうちよりもちょっと雪深いところ、でもうちもこんな感じよ(^_^;)
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これぐらいじゃまだまだ~って感じ!1月末から2月にかけてもっと積もる。

この場所は秋田県羽後町「西馬音内(にしもない)」というところで「西馬音内盆踊り」が有名である。

そして「西馬音内まんじゅう」も地元では有名。
このおまんじゅうを売ってるお店はここかな?
P1020422.jpg P1020421.jpg
お饅頭も久しぶりに食べておいしかった♪

ところで今回帰省したのは、父のお見舞いと様子見。

実は正月3日に緊急入院したのだ。

年末から腰や背中が痛いと言ってたらしい。

てっきり放射線治療がうまく行ってると思ってたんだけど。。。。。

ちょっと寝耳に水な感じで、肺以外にも転移を知らされたの。

なんで今まで・・・・という思いが強い。

一年間も抗がん剤治療してたのに。

途中、転移がわからなかったのか?と、不信感だけがつのる。

結局、主治医の説明だと抗がん剤の効果は得られなかったみたいだ。

父は自分で知ってたのか?と兄弟同士で言ってるんだけどね。

先月まで電話で話しても「順調」とか言ってたんだよね。

我慢してたのかな~ まったく父の性格には困ったものだよ。

夏に帰った時より、なんか一回り小さくなった気がした。

自分が告知された時より、ショックだった。

今は痛みの8割9割が取れたということで次の治療に入るみたいだ。

肺がんて転移しやすいガンだと言われてるけど、初期と言われてても1年でかあ~

と、ガンへの怖さと憎悪がつのる。

私も2月初めには2年検診、骨シンチもある。

1年検診の時は「クリアは確実」という自信もあった。(根拠はないけど)

術後丸2年は節目と言われる。

1年検診の時より緊張感が違う。

「あーどうかクリアできますように」と祈るしかない

晴れてクリアして父に報告したい。


話を変えて・・・・・・ 

以前ブログでもちらっと話した、アロマのインタビュー記事の冊子ができたということで送られてきた。

なかなかきれいにできあがってました~

free.jpg P1020423.jpg
撮影時やインタビューの時を思い出します。

結構、大変だったよね~(ナオコさん・marikoさんその節はありがとうございました)

ところで、この冊子はどこへ置いてあるのかいまださだかじゃない、、、、、(^_^;)

関西地区らしいけどね。

夫が「カミングアウトしちゃってて~いいの~」と。

この冊子を手に取る人というのは、それなりの人?(本人ががん、または家族・親戚・知人ががん患者)だと思うけど。

名前と顔写真を見て「あっ!」と思って、連絡してきたら、その時はその時

「そうなのよ~」とていねいにご説明させていただくわって感じ。

もう、昨日だけど、会社に飾ってあった鏡餅であべかわもちを作ったの~

会社の先輩がまめな人でね~(^_^;)

オーブントースターで焼いてお湯にくぐらせ、買ってきたきなこをまぶして作った。

意外に簡単でおいしかった♪

200901151455000.jpg

16日金曜日はMISAのコンサートで武道館へ行ってきます

ずーーと気持ちがはりつめていたので、少しここで解き放してこようと思います。

※コメント欄閉じてましたけど時間設定してあったみたいです(^_^;)・・・・・すみません。
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