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2007/04/06

友達が旅立ちました

昨日朝6時に電話があり友達が亡くなったという知らせ
最初なんのことか一瞬頭が真っ白になり「えっ?」
連絡をしてくれた友達は泣きながら状況を説明してくれた。
一緒に泣きながら話を聞いた。
電話を切った後夫の胸で「ユウコが死んじゃったよ~」とわんわん泣いた。
本当に信じられない・・・・・。

そして、急遽青森の八戸まで行くことにした。

八戸に着いて彼女は旦那さんの実家(自分の家の斜め後ろ)に静かに寝ていました。
旦那さんとは初めてお目にかかりました。
悲しみを奥にしまいこんだ感じでていねいに私たちに対応してくれました。
変わり果てた彼女の顔見たらもう・・・・・言葉はありません。
でも、顔はとっても穏やかでした。
「どうしたのユウコ?どうしてこんななっちゃったのーーー」と二人で泣き崩れてしまいました。
そこへ彼女のお母さんが来て、「ユウコ!せっちゃんとwakkoちゃんが来てくれたよ。ほら、目を開けてごらん」とお母さんの呼びかけに私たちもまた涙。

お母さん曰く「急変したのはここ2,3日だったのよ。こんな急に死んじゃうなんて・・・・信じられない。私これからどうやって生きていけばいいのか・・」と、がっくりを肩を落とされてました。
そしてつい最近には「お母さんより先には私死なないから」と言っていたそうです。
治療も前向きに受け、「生きる」ということを強く思ってたのに、病魔は彼女をどんどん蝕んでいったのです。

彼女のお父さんは4年前に亡くなっています。
お兄さんがいるのですが東京に住んでいて年に1度帰るぐらいだとか。
なので頼りにしてたのは彼女だけだったのです。
お母さんの姿を見ると親より先に死ぬってホントに親不孝だなと思いました。

ちょうど祭壇に飾る写真を決めるのに葬儀屋さんが来ていて、どの写真にしようか話をしていました。
すると、旦那さんが「これはどうかな?」と持ってきた写真は、3年ほど前東京での飲み会の時の写真でした。
みんなの真ん中で笑ってる彼女がいました。
お母さんも「これがいいね。笑ってるもの」と。
その写真私が写して、送った写真でした。
そして旦那さんから
「私が死んだらこの箱の中に写真が入ってるからね」と何年も前に冗談ぽく言ってたそうです。
冗談だったのに、ホントになっちゃったよ・・・。

彼女は短大の時一緒に寮で過ごした友達。
20代後半まで東京で仕事をしていましたが、その後実家のある八戸へ帰りました。
それからは、年に1回会えるか会えないかぐらいでした。
そして、彼女も地元の人と結婚し幸せな家庭を築いていたのです。
すぐ子どもができたのですが、残念ながら流産していまい、悲しみを乗り越えながらも、また新しい命を宿したのです。
だけど、妊娠5ヶ月目に彼女の体に異変が起こりました。
今から10年ぐらい前になります。
私たちはその頃連絡をあまりし合ってなかったので、病気になったことを聞いたのはだいぶよくなってからでした。
彼女を襲った病気は「膠原病」
いままで原因不明と言われてきたようですが、風邪等のウイルスや紫外線など環境因子と結びついて発病することがあると言われています。

膠原病と診断された彼女は5ヶ月の子どもを無事に出産することをあきらめ治療をしてきました。
そしてここ3,4年前から、年に1回か2回は東京での同級会を行ってきました。
体に負担がかからないようにあまり歩き回らず、おしゃべりをしておいしいものを食べる。というふうにやってきました。
彼女も東京へ遊びに来る事を毎年楽しみしていたのです。
もちろん私たちもみんなと会えて話せる事が楽しみでした。
彼女の病気も悪くもならず、良くもならずと言った感じで小康状態を保っていたかと思っていました。
しかし、去年の11月彼女から電話があり
「今年は東京へ遊びに行けそうにないんだよね。なんか新たに病気が見つかってね~。肝硬変って言われた」と。
肝硬変もだんだん悪化すると肝臓ガンになると言われています。
彼女は「なんかずっとだるいのが続いておかしいなーと思ってたけど、毎日家にいるしだらけてしまっているのかと思っていたんだよね。でも、あんまり尋常じゃないから病院行ったら肝硬変になってるって」
私は何も答えられず聞いていることしかできずにいました。
そして「wakkoは体とか大丈夫なの?」と。
私は学生時代の友達には誰にも乳がんのことを言っていませんでした。
でも、彼女の話を聞いたら言わなきゃだめだなと思い、彼女には今までの経緯を報告しました。
もちろん彼女は驚いていました。
そしてものすごく心配してくれてたのです。
これからセカンドオピニオン受ける話をすれば、どうなった?かと電話をくれ、手術日が決まったか?と電話をくれました。

「ホントに世の中って、納得行かないことあるよね。なんで私たち病気にならなきゃいけないの?でも、負けないでがんばろ!」って、よく言ってた。

そして、退院してきたことを報告し、今後の治療はまだ4月にならないとわからないと電話で話したのは2月の末でした。
つい最近治療方針が決まったので、「電話しなきゃなー」と思っていた矢先でした。

実は3月の9日頃から、吐いたり下したりとインフルエンザ?と思っていたら「即入院」だったらしいです。
電話をくれた友達はよく亡くなった彼女と連絡を取り合ってる一番の友達ですが、3月25日に彼女のお見舞いに行って来て元気な姿を見てきたばかりなので私よりもすごくショックを受けてました。
1週間ぐらい前には頭の欠陥が切れたようでしきりに頭をかいて
「頭が痛いよ~頭が痛いよ~」と泣いてたって言ってました。
脚もパンパンに腫れ、腹水が溜まり、人工透析までやっていたそうです。
最後は本当に辛かっただろうなあと思いました。
「痛かったよね。もう、ゆっくり休んでね」と声をかけました。

私はどうしても伝えなくてはならないことがありました。
「治療が決まったよ。がんばって治療するね。見守っててね。もっと早く連絡しなくてごめんね」と。
帰り際、もう一度彼女の顔を見て、彼女の顔に触れて、お別れしてきました。
遊びに行くからね。と言ったまま来れなかった八戸。
こんな形で初めて来る事になるなんて・・・・。
今から思ってもしょうがないけど。
元気なうちに遊びに来たかった。

彼女に誓ったように、「私絶対に治るから」と自分に言い聞かせた。

そして、最終の新幹線で八戸から帰ってきました。

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コメント

非公開コメント

こんにちは。
悲しいですね。
お友達の分まで生きていきましょう!ね!

伝わってきました。

仲の良い親友だったのですね。
悲しすぎて、言葉で上手くいえませんが、
彼女の分までちゃんと頑張って生きようね!

お友達のご冥福をお祈りします。

お友達との突然のお別れ、どんなに悲しかった事でしょう。
たくさんの思い出とともにwakkoさんと一緒に歩んでくれますよ、きっと。
そう、お友達の分もしっかり頑張りましょう!

今日はそんな中、私のとこに遊びにきてくれてありがとうございました。



悲しいね

親友との別れはつらいよね。
これからは八戸より近いところからwakkoさんを見守ってくれるでしょう。
彼女の分も生きていこう!
彼女のご冥福をお祈り申し上げます 合掌

y-maki1107 さんへ

こんばんは。
こんなに身近な友達を亡くすなんて考えてもみなかったです。
彼女はホントがんばりました。ホントえらかった。
愚痴なんていってられないな~と思ってます。

ゆうゆうさんへ

こんばんは。
昨日の今日なのでどう書いていいか・・・
文章がまとまりなくてすみません。
でも、彼女がまだまだ死ぬなんて年じゃなく
この病気を10年も治療してきたことが、私にとっては尊敬する以上のものを感じ書かずにはいられませんでした。
彼女の為に手を合わせていただきありがとうございます。

ラムさんへ

こんばんは。
同い年の女の友達を亡くしたのは初めてで
とても悲しくて、ショックです。
10年以上病気と闘いながらも明るくて、周りの心配ばかりしてました。
私も最後の最後まで心配かけちゃった・・・。
彼女に約束しました、ちゃんと生きてくからって。
こちらこそコメントもらえてうれしいです。

みゆみゆさんへ

こんばんは。
今まで遠いことを理由にして会いに行ってあげれなかった・・・それが、心残りです。
そうだね、近くにいるよね。
私がくじけそうになったとき怒ってほしい。
彼女のために手を合わせていただきありがとうございます。

大切なお友達が亡くなったなんて、本当に悲しいですね・・・。
wakkoさんの病気のことを心から心配してくれていたお友達のことだから、
きっと、これからwakkoさんが元気で生きていかれるよう、見守ってくださいますね。
これから始まる放射線も、お友達が見守ってくれてるって思ってがんばりましょう。
。。。ご冥福をお祈りします

お友達のこと、残念だね。
実は私、、
会社の同期入社の友人を、同じ病気で亡くしているの。
私が発病する、一年ちょっと前のことでした。
37歳、、、、若すぎるね。

元気で、一緒に働いていた友人の死は、なかなか受けとめられませんでした。
今は、彼女の笑顔と、仕事をしていた時の、後ろ姿を時々、おもい出します。
私、、、彼女の後ろの席だったの。

彼女の分まで、元気でいなきゃ・・・そうおもいます。
一緒に、がんばろうね。

お友達が亡くなられたんですね。。
言葉には表せないほどの悲しみや
、思い出があふれてきていることと思います。
頑張って生き抜いたお友達もきっと、
またwakkoさんを支えてくださると思います。

私も病気で一人、台風で一人、テロで一人、
友達を亡くしてるから、その時の気持ちは忘れないです。
彼女たちのことは一生忘れない。
お友達の冥福をお祈りいたします。

シロクマさんへ

こんにちは。シロクマさんありがとう。
ホントに自分のことより周りの人を心配する子でした。
見た目そうみえないんだけど、すっごく気を使う子だったし。
彼女に心配かけないよう前向きに治療に向かって進んで行こうと思ってます。

かこ。さんへ

こんにちは。
かこ。さんの同期の人で同じ病気で亡くなったの?
それってすごいショックですよね。
それも37歳なんて・・・。
毎日顔を見てたわけでしょ?辛すぎる。
ホントに「彼女たちの分まで」私達は病気と闘って生きていかなきゃですね。

ふうママさんへ

こんにちは。
辛い闘病生活だったのに最後は穏やかな顔でよかったと思いました。
彼女の冷たくなった体を触って、現実を見た感じです。
弱音吐いたら怒られちゃうね。

ふうママさんお友達3人も亡くしてるんです か?辛かったね。
私は今回初めてでもう、いいようのない悲しみがあります。




憎いね

病気が憎いね。
大事な人を辛い目にあわせてさ。
わたしたちがもう話しかけられない場所に連れていっちゃうんだもの。
わたしも幼馴染で親友だった子をガンで亡くしました。 悲しみ嘆いていたら今度は自分が乳がん・・
ほんとに憎いよ。病気が憎い。
だからこそ。勝たないといけないね。われわれが。 負けるもんかいー!ってねw

少なくともその苦しみから解放されて、今ははつらつとして健やかだということを強く信じて、お祈りしましょう。

wakkoさん、こんにちわ。
残念ですね、長い闘病生活を頑張ってこられたお友達を亡くされてしまったのですね。
お友達の分も病気に何か負けないように頑張って治療しようね。

最後は穏やかなお顔をしていたって、良かったね、ご冥福をお祈りさせて頂きます。

ナイトカオさんへ

こんにちは。
「何も悪い事してないのになんで?」って
生きてる時に彼女と話してたんです。
病気になる人は自分のせいもあるけど、
納得いかずに病気になる人もいるんですよね。
ホントに憎いです。
私はにっくきガンをやっつける気持ちで前に進んでいくしかないですね。
一緒にお祈りしてくれてありがとう。

yukiminさんへ

こんにちは。
苦しい治療からやっと開放されて、ほっとしたような顔をしてました。
私には想像できないような痛さがあったようです。
つい1ヵ月ちょっと前に声を聞いてるのに・・まだ信じられません。
彼女が励ましてくれたんだから私は治療をがんばる!と誓いました。
一緒に手を合わせてもらいありがとうございます。

wakkoさん、悲しいお別れがあったんですね。

彼女の悔しい思いの分、私たちが頑張って病気を乗り越えなければと思います。
ブログがなければ知りえるはずもない人たちが、言葉や生きざまで私を支えてくれている気がしました。

お友達のご冥福を心からお祈りいたします。

キャンディさんへ

こんばんは。
たぶん彼女自身こんなに早く逝ってしまうとは思っていなかったかもしれません。
だって、「生きる」ことに前向きだったのに・・・。
急に容態が悪くなってしまって・・・。ホントに悔しかったと思います。
私達は乗り越えていかなくちゃって思います。
ブログを通じて励ましのコメントいただけること本当にありがたいですね。
友達の為に手を合わせていただきありがとうございます。

大変なことになっていたのですね。
アップのマークを見逃していたみたい。
新しいアップのマークを見て来てみたら…驚きました。
お友達、きっと悔しかっただろうなぁ~。
その悔しさを受け継いで、wakkoさんはがんばって治療して元気になってあげないとね。
お友達のご冥福をお祈りします。
本当に悔しいねぇ~涙が出てきました。

遅ればせながら、お友達のご冥福を
お祈りいたします。
彼女はずっと戦って頑張ってきたんですよね。自分の苦しい時でもwakkoさんのことも気にかけてくれる素敵な方だったのですね。
悲しいけれどwakkoさんご自身おっしゃる
通り、貴方の病気が治るようきっと彼女も
ずっと見守っていてくれると信じています。

よつばさんへ

こんばんは。
今日、無事に告別式が済んだと参列した友人から報告がありました。
祭壇の彼女は笑っていたそうです。
私のことも本当に心配してくれてて・・・それなのに自分からなかなか電話とかしてあげられなくて、悔やんでます。
今は痛みから開放されゆっくり休んでいることでしょう。
最後まであきらめずに前へ進むことを誓いました。
彼女の為に手を合わせていただきありがとうございます。

りんごJAMさんへ

こんばんは。
まだ彼女がこの世からいなくなったことが信じられません。
でも、いつまでもめそめそしていたら彼女に怒られそうです。
彼女は自分の病気のことはさておき、周りの人の気づかいをする人でした。
それにちょっと甘えてた部分があって、今になって悔やまれます。
彼女が向こうで心配しないように、私はしっかり治療しなくちゃと思ってます。
一緒に手を合わせていただきありがとうございます。
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