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2011/09/25

お別れ

台風の後すっかり秋になってしまいました。
朝晩が涼しいこと。。。。
そろそろ冬用の羽毛布団出そうかな~って思うほどです。

先週木曜日とても信じられない知らせをもらいました。
ばななさん が22日午後15時頃亡くなったという知らせです。

ちなつちゃんが電話をしてきてくれました。
ばななさんに1週間ぐらい前から連絡をしてるけど、全然返事が返ってこないというので電話を何回かしたそうです。
そしてやっと繋がった時にはばななさんではない人が電話に出たそうです。
その時に信じられないことを言われたそうです。

「22日午後15時に亡くなった」と。

ちなつちゃんは8月末の隅田川の花火大会をばななさんと一緒に見ています。
その時の様子を聞いてもとてもその3週間後に亡くなるなんて信じらないと言ってました。
それは私も同じです。

ばななさんと最後に話したのは9月3日でした。
いつものように快活にしゃべるばななさんでした。
彼女は話を聞いてほしい時にたまに電話をしてきます。
その日もお父さんの介護ヘルパーさんのことで結構頭にきていた話でした。
こちらは「うん、うん」と相槌をうつような感じだけだったのですが、、、、
9月の始めはまだまだ残暑が厳しくて、外に出るのも大変な感じだったので
涼しくなったらばななさんの家の近くまで行ってご飯食べようね、と約束して電話を切りました。
その時の彼女の声を聞いても、その後容態が悪くなり、亡くなったなんてとても信じられないのです。

ばななさんとの思い出どういうふうに書こうか、何を書いたらいいかいろいろ考えてたら遅くなってしまいました。
私がばななさんと出会ってからのこととか一緒に遊んだことなど記事を振り返って書きました。

記事が長くなりそうなので折りたたみます。

たしかに彼女が具合が悪くなってきたのは去年の秋ぐらいからだったかもしれません。
地元オフ会をしようと11月に門前仲町で集まろうとしたんですが、その頃なかなか風邪が治らないし
体力がなくなって動くのもしんどいということで当日キャンセルしました。

そして今年の3月11日の大地震の前の日かな?に骨の痛みがひどくて緊急入院をしました。
私は3月の連休に実家へ帰ったのですが、最後の休みに病院にお見舞に行きました。
その時はまだ歩くのが大変で車椅子を使ったり、看護師さんに介添えしてもらい歩くと行った感じでした。
でも、顔色はそんなに悪くないし、いつものバナナ節?が出ていました。

その時の入院は結構長くて45日間の入院だったみたいです。
退院した時にもメールをもらいました。
その時のばななさんの記事☆☆☆
だけど、退院してからも忙しく働いていたのです。
ばなんさんがいないとお店が回らないというか、ホントに忙しい人でした。
ブログにも脚が痛いというのは頻繁に出てきます。

5月の連休が過ぎてから、ばななさんから「びわの葉温熱療法」に興味があるから
受けてみたいという話を聞きました。
私の友達でもあり、びわの葉温熱療法をやってくれる施術者と直接連絡を取ってまだ自宅で療養している時に来てもらってやってもらうことになりました。
その時私もばななさんの自宅に伺ってびわの葉温熱療法の施術を見ていました。
字の通り温熱で体を温めてくれます。
全身を温められてばななさんはとても気持ちよさそうに寝息を立てていました。
そしてセラピストから「こんにゃく湿布」をすすめられて、「これなら私もできそうなのでやってみるね」というメールをもらいました。
その時のばななさんは退院まもないということもあって、やっぱり顔色はすぐれませんでした。
何より足の痛みがひどいのでとにかく痛みを取りたいと言っていたのです。
びわの葉温熱療法を週に1回ぐらい受けようかなと言っていた矢先に6月に入ってまた入院されました。

メールで「また、入院しちゃった」と。結構明るく、、、
その時は食が全然進まなくて体力がなくなってしまったからと言ってました。
そして次の日仕事の帰りに病院に寄ったのです。
やっぱり食べ物があまり食べられないけど果物ならというので食べたい、食べやすい果物を買っていきました。
私がいる間に夕食が運ばれてきたのですが、やっぱり食はホントに細かったですね。
その後も何度か状況をメールで教えてくれて
だんだん食欲も出てきて、ペンギンのような歩きでばあちゃんだけど一人で歩けるのが嬉しい。いつになるかわからないけどあの5F(うちは五階まで階段なんです)をクリアしてアロマやってもらおう。楽しい目標が出て来たから、焦らず少しずつ歩いてみよう。とりあえずお茶しよう。暑くなってきたらバテないようにね」と。
私のことまで気遣ってくれる本当に心のやさしいばななさんです。

その後退院してからびわの葉温熱療法をやってるセラピストの友達が勉強した鍼灸院に週に2回程通うことをまたメールで知らせてくれました。
もちろん病院での治療を受けながら、自然療法でもあるびわの葉温熱療法を受けて少しでも体を楽にしたいという気持ちが出始めたんだと思います。

その時のメール少し紹介します。
原文そのままだと病院名とか出てるので一応伏せました。

「びわのーに通ってみる。それと運良くびわ茶が手に入ったからこれもここ何日か毎日飲んでる結構おいしいよ。
◎◎病院の乳腺の医師は何故か皆東洋医学てか代替療法をすごく嫌う。でも、たまに治る人もいるのよ。頭が固いのかな。両方のいいところをうまく使うって悪いことじゃないと思うけど。むしろ内緒でやられる方がやりにくいと思うけど、プライドなのかな。
昨日叔父に来てもらって話を聞いたんだけど、早ければ二、三週間では、また入院かもって。その通りになるのは悔しいから、来年までは通院以外で来ないよ。今はまだ食欲は戻らないけど、前より脚力がついたし、痛みもあまりない。歩いた後のだるさの方が辛いかな。でも足のだるさで死ぬわけはないし、本人はうるさい位しゃべって(と周りに思われていそう)からかなり元気なの。乳腺化療のデータ重視の石頭に負けるものか!
びわに助けてもらって頑張るよ」


とても前向きな気持ちになってて、この分だと足の痛みも少しずつ良くなるかなと思っていました。

このあと1ケ月ぐらい間が空いて、8月の始めに今度は私が住んでいるところにある病院に来てるとメールがありました。
その日はお友達とランチもしたみたいです。
私は仕事だったので別の場所にいて会うことはできませんでした。
車で送ってもらったにしても、かなり前よりよくなってるなあと思ったのも事実です。
何故私の家の近くの病院に来たのかの理由のメールもあります。

「病院は、私が入院が必要な位具合が悪くなって、◎◎病院のベッドが満杯の場合の避難場所。とりあえず顔出してカルテだけ作っておいてと紹介状ももらってたから行かないわけにはいかないじゃん。
自分的には元気だからまだ必要性をあまり感じてないけど。後は足のだるさが減って歩ける距離がだんだんのびれば嬉しい。これじゃ自宅へ行くのも車だしかなり不便。焦ってもしょうがないからゆっくりやります。
また連絡するね~」


病院は自分のところで最後を看取るのが嫌というか、あまりよろしくないようなことは前からばななさんから聞いていたのです。
でも、無理やり紹介状出すって、、、、なんだかな~と思います。

前に彼女は「骨の痛みだけで死ぬわけなないんだから」と言っていました。
だから、今回何が起こったの?と聞きたいのです。

私の父の時もそうだったんですけど、骨に転移して放射線治療受けていながらもう全身に転移してたんです。
ホントに余命1ケ月どころか、3週間?ぐらいでした。
それほど急速にガンが体を蝕んでいったのです。

ばななさんとの出会いから3年程ですが、一緒に遊んだ時のブログを振り返ってみました。

☆2008年2月 「地元オフ会」
ばななさんと初めて会った時です。一緒に同じ病院に通うナオコさんも。

☆2008年4月 「アコースティック」
ばななさんのお店の主宰で落語とアコースティックライブに誘われ行ってきました。

☆2008年9月 「黒髪の秘密は」
ばななさんが私のサロンに初めて来てくれた時です。とっても髪の毛がつやつやしてたので思わず秘密が聞きたかったのです。

☆2009年5月「同病院オフ会」
また、ばななさんナオコさん私の3人でご飯を食べに行きました。この頃から「すてきな奥さん」語録が出ました。

☆2009年10月「ピンクリボンオフ会」
この時はピンクリボンスマイルウオークの次の日に月島でもんじゃオフ会をしたのです。

☆2010年2月「週末連チャンオフ会」
またまた地元オフ会です。

☆2010年4月「スパ&薬膳鍋」
ちなつちゃんが奈良から来てスパ行って、銀座で薬膳鍋食べてばななさんとは2次会から合流しました。

☆2010年11月「下町で女子会」
この時はばななさんも誘ったのですが、風邪が全然治らず体力もないということから欠席されました。

記事を振り返ると家が近いということもあって会ってる回数は多かったと思います。
そしてまだまだこれからも会うつもりでいました。
まず短時間のお茶から、そしてご飯、そしてうちのサロンへトリートメントを受けに、、、

また電話がかかってきそうな気がします。

明日は本当のお別れをしに行ってきます。

長文を読んでいただき本当にありがとうございます。

ばななさんのご冥福を心からお祈りして記事を終わります。

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コメント

非公開コメント

こんばんは。

wakkoさん、この度はいろいろありがとうございました。
ばななさんとのお別れの席には行く事が出来ませんでしたが、
ひとりでばななさんの冥福を祈っています。

wakkoさんはばななさんとの思い出がたくさんありますね。
8月に会っていれば良かったっていま悔んでいるところです。。。

      

   ・・・合掌

ぐすん

やっぱり色々思い出しちゃうね。
そうか、素敵な奥さんはここからはじまった会だったのね(笑)
あ、これ私も行った、あ、これも・・とかいちいち手をあげながら読んだよ。
やっぱ・・
サミシイネ

淋しくなりますね

とてもお優しい方でした
訃報を知った時、涙、涙でしたが、悲しんでばかりじゃばななさんに怒られてしまいますよね。
今は前向きに生きていかなくっちゃって思ってます
いろいろと教えて下さってありがとうございました
心よりご冥福をお祈りします 合掌

ゆうゆうさんへ

こんばんは。
昨日ばななさんとお別れしてきました。
斎場のばななさんの写真を見るまでずっと信じられなかったけど
ホントに逝っちゃったんだと思って。
ずっと涙が出なかったけど、写真見たら涙が止まらなかった。
いつもの顔ぶれのフレンズで見送りました。
湿っぽいのは嫌いだろうから最後は笑顔で別れてきました。
「バイバイヽ(^o^)丿」って。
私も悔やまれることはたくさんあります。
たぶんみんなもそう。
なのでみんなで心から冥福を祈ってあげるのがいいね。

カオちゃんへ

昨日はお疲れ様。
いろいろやってくれてありがとうでした。
ばなな語録はたくさんあるよ。
電話でも早口だから聞き取れないこともあったりして(笑)
眠ってようだったよね。
今にも起きてきそうだった。
いつもの顔ぶれで見送ってあげたことはよかったと思って。
落ち着いたらまた思い出話をしながら飲もう!

フェリさんへ

こんばんは。
昨日ばななさんに会ってきました。
今回来れなかった人の分も一緒にお祈りしてきました。
安らかなお顔でしたよ。
ほんとに眠ってるような感じ。
苦しまずに逝けてたらいいなあと思いました。
ずっと泣かずにいました。
でもばななさんの写真を見て、お父様の姿を見たら涙が止まりませんでした。
そして最後にばななさんのお顔を見て悲しくて悲しくて。
でも、私たちはばななさんの分も一生懸命生きなくてはいけませんね。

こんなに切ないものなのね

悲しいね。
もんじゃや薬膳オフ、そして先月の隅田川の花火の、笑顔のばななさんの顔しか浮かんでこないよ。
帰りの新幹線で、皆の記事とかばななさんからのメールを読み返していたら、グッときて、新幹線の中で大泣きしそうになったのを必死にこらえたよ。

そして、泊めてくれてありがとうm(__)m
1人でホテルに泊まってたとしたら、いたたまれなかったかも。
色々お世話になりました&だんな様にもよろしくお伝えくださいませ。

ちなつちゃんへ

遠いところから本当にお疲れ様でした。
先月の花火の写真を見ても「こんなに元気じゃん」って思った。
訃報を聞いてからは涙が出なかったけど、一昨日はダメだったね。
ばななさんの写真とお父さんの姿と寝てるようなばななさん。
スースー寝てたよね。今にも起きてきそうだった。
あの笑い声が聞こえてきそうだったよ。
私たちは元気で笑って生きていかなきゃね。

あんな狭いところですが、いつでも利用してくださいね。
夫も飲み相手ができてうれしそうでした(*^_^*)

お疲れさまでした。

二度くらいしかお会いした事なかったですが、同じ病気の方が亡くなるのは辛い。私は二度目です・・・・嫌だよね。友達になった人、誰も寿命以外で死んでほしくないよ。
元気な私たちは、一生懸命笑って生きようね。やり残して、後悔する事ないようがんばろうと思ってます。

へー太郎さんへ

みんなの分もお祈りしてきました。
会ってない方でもバナナさんのお名前ご存知な方多いかもしれませんね。
私は仲のいいフレンズさんでサヨナラしたのは初めてなの。
だから、なんだかとっても切なくて。
それにお父様の姿見たら、「親より先に死んではいけない」と思った。
やっぱり順番ってあるよね。
順番通りにこの世からおさらばしなきゃ。
私たちNフレンズはみんな笑顔がすてきなの。
だからいつも笑っていようね。

寂しい・・・

枇杷の葉灸のことはよくメールに書いてあったよ。wakkoちゃんの紹介だということも書いてあって、行くのは大変なんだけど、気持ちいいから毎週楽しみって。うちの近所の東大病院の庭に枇杷がいっぱいあるのを発見して、生葉が足らなくなったら送るよ~なんて言ってたの。

介護の人のこともこぼしてた。週に2回のを1回にしてもらうんだとかなんとか。もう他人に頼めることはなんでも頼んで、多少のことはがまんしちゃえばとも言ってたんだけどね。

もっとあのときとか、なんであ~しなかったんだろうと心にチクリとくることがあります。きっとばななちゃんがいろいろ教えてくれたんだと思っています。シングルで働くがん患者の生き方とか、仕事へのこだわりとか。まだまだ話し足りないけど。

残された者は、しっかりと前に進まなければね。でもときどき泣いちゃうよ。。。

くやしいなぁ~

26日ご苦労様でした、彼女綺麗だったよね。

去年 花火誘われて母のこともあるし 忙しくってお断りしていたのが
今超悔やんでる…その後親の介護の事で
愚痴のメール交換などタメだったので気持ちも楽に付き合えたと思う。
いつもいつもお父さんと仕事を心配していたっけ
9月4日のメール私で終わりにしないで返事長文で出しておけばよかった。

本人に会っても信じられない私がいます。
でも 頑張って笑って生きて行かなきゃねって思えたよね。

あんずさんへ

26日はお疲れ様でした。
知った顔ぶれでばななさんを送ってあげれてよかったです。
そう、びわの葉温熱もとっても気に入ってたの。
びわの葉茶も飲んでるよ~って。
私ももっと電話してあげればよかったなあ~って今更ながら後悔しています。
きっともっともっと話したいことあったと思う。
ホントに彼女は仕事に真摯に向き合ってましたね。
おかみさんという立場で店を切り盛る姿はカッコよかったです。
人生の先輩としまだまだいろいろ聞きたかったです。
私たちはばななさんの分も笑顔で楽しく暮らしていかなくちゃいけませんね。

ほっこくんへ

26日はお疲れ様でした。
日帰りで疲れたでしょうね。
飾られた写真はちゃんと着物きて「おかみさん」って感じですごくすてきだった~
そうか~去年の花火誘われてたのね。
私は前にフレンズで屋形船の時行けなかったからそれが残念でなりません。
ほっこさんとばななさんは同い年なんだよね。
同い年同士言い合えることってあるよね。
あの長文メールがもう来ないと思うと寂しいよ。
みんな9月3日4日頃にばななさんと連絡してたんだね。
彼女なりになんか思うところがあったのかな~ 今更ながら。。。。
最後に笑顔でバイバイしたから泣いてちゃいられないね。
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