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2007/10/25

帰ってきました

ただいま~ 昨日の夜羽田着19時の飛行機で帰ってきました。

東京は「暑い^_^;」て感じてしまった。

秋田は21日帰った時は曇り空だったせいもあり13度

寒かったーー。
もう、実家はストーブなしでは過ごせなかったです。
ところどころ紅葉も始まっていました。

父は22日に入院し、23日無事手術を終えました。

記録用というかだらだらとここから長い文章になってしまったので、
スルーしていただいて結構です。

22日は朝9時半に病院へ(父・母・弟・私)行き、入院手続きをし、
その日は特に何もすることもなく1日を過ごすみたいだったけど、主治医の説明を聞くのが午後4時半。
家族も一緒に手術前の説明を聞くということで待っていなければなりませんでした。
一旦家に戻るのも大変なので、時間まで食事したりショッピングセンターをうろうろしていました。
病気で来た人も健康な人も病院でずっと待ってるっていうのはとても疲れるものなのですよ。
待合室というのがあまり広くないので、その日手術する人の家族の方が数人いらして、結構重々しい空気。
側にいるとちらほら内容が聞こえてきて・・・・
病院だからしょうがないけど、いろんな光景が目に入ってきますよね。
気持ちがどうしても沈んでしまいがちです。

父は初の入院・手術で緊張しているかと思いましたが、意外に平気そう。
でも、ちょっと落ちつきなかったかな。やっぱり、ちょっとは緊張してるみたいでした。
4時半になっても主治医の説明がなく、結局5時過ぎにやっと部屋へ呼ばれ説明を受けました。
手術は胸腔鏡手術でわき腹に3つの穴を開けてするそうです。
2つは1cm未満の穴で1つは3cmぐらい、そこから切り取った腫瘍を取り出すそうです。
肺にできた腫瘍と言われるものは2cmぐらいで、それに2,3cmのりしろつけて切り取ると言われました。
どれぐらいの大きさ?と聞いたら「餃子ぐらい」って言ってました。
その時はちょっと談笑
私の時もそうでしたけど、手術の同意書と輸血の同意書などにサインをしなければなりませんでした。
今話題のフィブリノゲン製剤も止血用に使うかもしれない、いやできれば使いたいというふうな説明でした。
※フィブリノゲン製剤は血漿中のフィブリノゲン低下による出血傾向に対する補充療法に使用される。
お医者さんは絶対「大丈夫、治ります」って言わないっていうのは私は知ってるけど、麻酔や輸血した時もし副作用が・・・・なんて、話をされると、母なんかはその部分だけ聞こえてしまって「もしなったらどうするの?」って心配しすぎちゃうのよね。
だから「医者はおおげさに言ってるだけだよ」と言ってあげると少し安心したみたいでした。
その日は父に「ゆっくり寝るように」言って病院を出ました。

次の日の手術は10時からなので、9時から点滴が始まるということで私たちも、9時前には病院へ着きました。
病室へ行くとすでに父は点滴をしていました。
そうそう、ここの病院は男の看護師さんが多いんですよ。
父の担当看護師も40代の男性の方でとっても温和な話し方というかすごくていない感じです。
手術10分前になり、ベットに寝かされて手術室のある階へ家族は一緒に行き、お見送り。
看護師さんが「では、ここでお別れですからね」と言った言葉に結構、家族は敏感に反応。
「お別れ」って。ま、看護師さんもこういう場合どう言っていいかわかんないよね。
「じゃーがんばってね~」と笑顔で送りました。
私の時は手術室まで歩いて行って、手術台に自分で上がったんだよ~と母と弟に話しました。
その日は母の妹たちが3人ほど病院へ来てくれていました。
時間はだいたい3時間と言われましたが、手術が終わったと連絡が入ったのは12時前でした。
意外に早く終わった感じです。
そしてその後母と弟と私の3人で執刀医の説明を聞きに行きました。
部屋に入るとおもむろに切り取った腫瘍が置いてあったんですよ~
結構、大きくてびっくり!! 5,6cmはあったかも。やっぱ餃子?だったかな~
まず絵でどういうふうに切ったかを説明し、手袋をはめその腫瘍を持って、2つに割ったところを開いて見せました。
しこりの部分が白くなってると「癌」ですが、それはないようです。ということでした。
一応病理検査にまわすのでその結果が出るのは10日ぐらい後になるそうです。

父は麻酔から覚め回復室へ運ばれていました。
意識はしっかりしていて、「気持ち悪くない?」と聞いたら大丈夫だそうで、少し背中が鈍痛だと言っていました。
いつも3食きちんと食事を摂ってるので、出た言葉が「腹減ったー」でした^^;
もう、私の時と大違いで、全然平気そう。
手術終了から2時間ぐらい経ってからはもう水を飲ませてもらってました。
私の時は「水は明日までだめですね」なんて言われたけど、口をゆすぐ程度ならと言って水差しを持ってきてもらいながら実は結構水飲んでたんですよ。
飲まないと吐き気があってもなんにも出ないから辛くて辛くてしょうがなかったんです。

1晩回復室で過ごし、次の日病院に行ったら普通病棟へ戻って起き上がっていました。
傷からの廃液があるためドレーンはつけたままでしたが、点滴は午後一ではずされ、トイレも自由に行っていました。
朝も点滴のみだったらしく、お昼ご飯から普通食ですごく喜んでいました。
完食してましたよーーーー。
回復力の速さにみんなびっくりです。
日頃から体を動かしてるし、73歳の年で2千メートル級の山へ登山もしたりしてるので、かなりな体力の自信は持ってるだろうけど、なんせ全身麻酔に体にメスを入れてるんだから過信しちゃいけないよ。
口すっぱく言ってきました。

3週間の入院と言われてますが、少し早まりそうですね。
母もまだ病み上がりぽいので、毎日父へのお見舞はちょっと無理そうです。
岐阜にいる長男は27日までいて、そのあと横浜にいる次男が帰省する予定です。
こういう時やはり兄弟が多いと何かと助け合ってできるのでありがたいなとしみじみ思いました。
うちの母の姉妹は8人で去年すぐ下の弟が亡くなっただけで、後はみんな健在です。
母の妹は近所に住んでるのでいろいろ頼りにしていていろいろお世話になっています。
それは私たち子供(全員実家を離れてるので)にとってとてもありがたいことで感謝しています。
また、母の実家や姉妹の話はいろいろあるので次回にします。

ちょっと長くなってしまったのですが・・・・・
これはとても偶然に起こってしまったんですが、
昨日朝、病院へ来る前に中・高と一緒だった友達から電話がありました。
前日に買い物に寄ったスーパーで偶然会ったのです。
その子は葬儀屋に勤めてるのですが、朝会社に電話で高校の時のK子から連絡が入りお父さんが亡くなったと。
K子とは高校からの親友で帰省したら必ず会っていました。
お盆に帰った時彼女には「乳がん」の事を話しました。
今回の帰省は彼女には言っていませんでした。
急遽、彼女に電話をして帰省してるからこれから家に寄りたいということを伝えました。
久々に彼女の実家へ行ってきました。
結婚する前はよ~く遊びに行っていたのでとても懐かしかったです。
彼女は妹さんと二人姉妹なので彼女が喪主をつとめるそうです。
23日の夕方に亡くなったのでまだ落ち着いてないようでした。
でも、彼女は意外に元気でした。

彼女のお父さんは10年位前に精巣癌だったか?ちょっと変わった癌になって手術をして完治したと思っていました。
ここ4,5年は今度彼女のお母さんが認知症と診断され、毎日毎日お母さんの世話をお父さんがやっていたそうです。
彼女は実家から車で1時間ぐらいのところへ嫁いでいたのですが、よく実家へは帰っていたみたいでした。
認知症とわかっていてもお母さんの暴言や態度に「頭にくることあるのよー」と話していました。
週に1回のケアルームに行く日がお父さんの息抜きの日だったみたいです。
そして今年の9月に入って「再発」がわかり、それからあれよあれよと悪くなり、10月23日に亡くなったのです。
再発がわかってからは体のあちこちに転移していたそうです。
ほんの5分ほど話たぐらいで帰ってきたので、詳しくはわからないのですが、お母さんのお世話で結構無理してたのかな~と思います。
妹さんは富山の方に住んでるんですが、これからお母さんの事、大変だろうなと思います。
落ち着いたら連絡をもらうようになってるので、ゆっくり彼女の話しを聞こうと思います。
これから本当に親の老後・病気・死を身近に感じていく事が多くなってきそうです。
それには自分の体が健康でなければいろんな試練に耐えれられないですよね。

最後に私も微力ながら協力しています。

リンパ浮腫治療の保険摘要の要望書
要望書はこちらから
日本医師会会長へ
厚生労働大臣へ

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コメント

非公開コメント

お疲れさまでした

wakkoさん、こんばんは。
いやー、お父様の回復の早さにビックリ。
胸腔鏡手術で切らないって、ホントにスゴイね。
退院が早まりそうだね。

お友だちも色々大変だね。
老いた親の病気や介護..
誰も避けては通れないことだもんね。

>自分の体が健康でなければ・・
確かにそうだよね。
今こうして元気でいられるって、ありがたいね。(^^)

wakkoさん こんばんは♪
待ってましたよ~、この記事。
お父様、回復の途におありとのこと、よかったです。wakkoさんも、ご家族の皆様も、お疲れさまでした。

「ここでお別れ」 あらあら、ですね。
私の祖母が手術室に入った時、涙ぐみそうになってしまった私と弟に向かって、「ここからはおばあちゃんががんばるお部屋ですからね~、お二人はあちらのベンチで応援がんばってくださいね~」って看護師さんに言われたんです。
「言葉、選んでくれてるんだなあ」と思ったものです。

おっしゃるとおり、病院は、付き添いで行っている人にとっても、疲れてしまう場所です。
東京と比べてだいぶん寒かったようですし・・・、どうかwakkoさんご自身もご自愛くださいね。

wakkoさーん
お帰りなさい。お疲れ様でした。
腹腔鏡手術の回復の早さはほんと凄いですね。
「腹減ったー」って----i-282
でも日ごろの体力作りがやっぱ回復の早さにもつながってるんでしょうね。
私、胆石もちなので、いつかは腹腔鏡か---♪

一安心ですね。

よかったですね。お父様、体力がおありで、手術の後もお元気そうで何よりでした。
無理せずゆっくりお元気になられますように!
お母様も看病でお疲れが出ませんように!

お母様のご兄弟がお近くで、一致団結されているのは何よりですね。
私も母の兄弟姉妹が結構仲良しで助け合ってくれているので、助かっています。

wakkoさんもお体に気をつけてね。

お帰りなさい。

wakkoさん、お帰りなさい。
お父さま、順調に回復されているようで、
よかったです。
胸腔鏡手術って、切らないから術後の回復も早いんですね。
兄弟で連携を取ってお見舞いされるんですね。
お父さまもお母様さまも喜んでられるでしょうね。
兄弟頼もしい存在ですね!
日頃の体力作りが重要ですね。
でも、これでwakkoさんもホッとできるね。
お友達のこと、彼女のこと気がかりだね。
早く連絡くるといいね。

お疲れ様です

wakkoさん、おかえりなさい☆
やっぱり今回は行かれてよかったですね。
本人も心強いものですが、手術を待つ家族も
ある意味本人より心配だったりするんですよね。
手術でナイーブになってるところで“お別れ”
みたいな忌み言葉(っていうかな)はタブー
と、私も思いますよ。

お友達のお父様、お悔やみ申し上げます。
つくづくガンとはやっかいな病気なんですね…

お疲れ様でした。

私は父を肺がんで亡くしているの。
でも10年前だから、技術も薬も今とは全然違うんですねえ。 回復が早いと本人の自信にもつながって、ぐんぐん良くなりますね。

wakkoさん、もうやってるでしょうが、自らアロママッサージで癒されてね~。

wakkoさん お帰りなさい。
私の父は、私が大学生だった時ガンで
亡くなりました。その当時大阪にいたのですが、最後は、なんと秋田大学病院のドクターを頼って移動しました。お見舞いで秋田は何回か行ったことがあります。
段々年をとっていく親のことすごく心配です。まわりの方の親御さんが病気等の話を聞くたび元気に暮らしてくれる双方の親のことを有難く思わないといけないなあと感じます。

ケセラセラさんへ

e-434こんばんは~
そうなんですよ。想像以上に回復が早かったですぅ(*^_^*)
そうはいっても73歳なので、自分の体力を少し過信しないか心配ですけどね。
気力もあるので少し安心してます。
友達の話を聞くと大変だーと思う反面、自分がその立場だったらどうしたらいいんだろう?と真剣に考えてしまいます。
他人事ではないなあ~と。
自分が元気でいないと何かサポートするにもできないですよね。普通に元気に暮らしたいですね。

メルモさんへ

e-434こんばんは~
無事手術も済み安心してます。
ありがとうございます!
病室を出る時、看護師さんが流れを説明したとき、咄嗟に出たんでしょうね。
弟と二人で顔を見合わせてしまいました。
ま、気にしなきゃ気にしない方がいいんでしょうけど。
「応援がんばってくださいね」なんて、なかなか出ない言葉ですよね。できた看護師さんですね(*^_^*)
私が入院してる時、見舞いに来た義父は帰ってから調子悪くなっちゃったんです(>_<)なんか気が悪かったみたいで・・・・・。
一雨ごとに寒くなってきますね。メルモさんも風邪など引かないようにしてくださいね♪

まりあぽーらさんへ

e-434こんばんは~
前TVでも胃がんの人の(王監督の手術で有名ですけど)手術も腹腔鏡手術で入院は確か5日ぐらいでした。
体力もすぐ戻るし、ホントに画期的な手術方法ですよね。
そうなんですよー普通言わないですよね「腹減ったー」なんてね^^;
早寝早起きで規則正しく食事し、適度に体を動かしてるっていうのが強みでしょうか。
胆石もってるんですか?痛くないのですか?

よつばさんへ

e-434こんばんは~
順調に回復へ向かっているので一安心です。お気遣いありがとうございます!
いろいろ手を貸してくれる人は母の姉妹兄弟その相方や従妹、近所の人なども入れると結構な人数になるんですよ。
なので、困ったときはお互い助け合って支えあって生きてるって感じです。
都会ではそういうのが「面倒」と思われがちですが、田舎には必要不可欠なことなんですよね。親元を離れて暮らしてる私達はその人たちへの感謝は忘れてはいけないなーと思っています。
急に寒くなってきましたね。
よつばさんも体調崩されませんように。

ふうママさんへ

e-434こんばんは~
なんとか無事終わってホッとしてま~す!
麻酔が覚めて間もないのに「腹減ったー」なんて言えるのが不思議でしたよ。
私の場合そんなのとんでもなかったでしたからね(*^_^*)
胸腔鏡手術ってやっぱり術後の回復を早くしてくれるんですね。全ての手術がってわけにいかないでしょうけど、どんどん手術方法も進化してってほしいですね。
もう、昨日になりましたがお葬式が終わりました。1週間ぐらいは落ち着かないと思うので、連絡くるまで待ってようと思います。

りんごJAMさんへ

e-434こんばんは~
はい、今回は行って来てよかったですぅ
特に母親は手術前の説明や術後の説明の時も子供二人がいてくれたのでとても安心してたみたいでした。
帰れる時は帰らないといけないなあと思ったよ。
病気をすると「忌み言葉」敏感になるよね^^;
友達のお父さん、お母さんの世話でとても大変だったって聞いてたんだよね。
お母さんもお父さんなしでは生きてはいけないぐらいだったみたいだし・・・・
これからのこと考えると友達が心配です。
何もできないけどゆっくり話しを聞いてあげようと思ってます。

アンズさんへ

e-434こんばんは~
アンズさんのお父様は肺がんで亡くなったんですか。
後輩のお父さんも健診受けてたのに見つけられなくて、結局息切れが激しくなって精密検査したら肺がんの末期だったと。1年経たずに亡くなってしまったんですよ。うちの父は15年前に煙草を止めてるんですけど、吸わない人でもなりますからね。
普段から体動かしてるせいもあるのか回復力は早いなあと思いました。
先週、2ヶ月ぶりに友達のサロンでトリートメント受けてきましたー背中がゴリゴリしてましたね^^;

kokoさんへ

e-434こんばんは~
kokoさん秋田に何度か来られたことあったんですね。遠かったでしょ。
父が今回入院した病院は奈美悦子さんが皮膚病でいろんな病院を訪ねてもよくならくて最後にたどり着いたところが、そこの病院の皮膚科の先生のところだそうです。
その先生は免疫学を長年やられてアトピー性皮膚炎などの治療もやってるみたいです。
ここ2,3年友達の親御さんが亡くなったという話を聞いて、うちの親は元気でよかったと思っていましたが立て続けに起こった親の入院で70歳過ぎてるんだよな~と改めて考えさせられました。

おかえり~

wakkoさん、お帰り~。
んで、お父様の手術、無事に終って、ご苦労様でした。
自分のことだけで、私も頭がいっぱい、いっぱいだったけど・・・もう、親もかなり、老年になっているから、他人事とは思えないです。
ガンもいやだけど、認知症も困るし・・・
生きていくのって、本当に大変なことなんだよな・・・ってつくづくカンジる今日この頃です・・・

詩乃さんへ

e-434こんばんは~
無事終わって、前半帰ってよかったです。
もし、今日戻るつもりなら台風で飛行機が欠航なりそうだったものね。
母親は結構病院通いが頻繁で入院も何回もしてるけど、父親は73年生きてきてホントに初めての経験。
こっちもいろいろ心配でしたが、心配をよそに意外に元気でよかったです。
認知症・・・かなり大変そうですよね。
原因も治療もわからない病気はほんと辛いですね。
前、美輪さんが「この世で生きてるのはまだまだこの世の中で修行を積めということなのよ」と言ってました。
まだまだ修行しないとあの世へは連れてはいけないみたいです。

<wakkoさん>
 お父様無事オペがすんでよかったですね。
親もいろいろなことがこれからありますよね。
 わたしも先週おばがなくなって 同い年のいとこが悲しみにくれていました。
 支えあっていろいろに対処していきましょうね。
 今日はラッキーなことにスムーズに電車に乗れて帰ってきました。今日はお世話になりました^^

wakkoさんお疲れ様でした☆
本当に手術の時の主治医の話は
大丈夫って言葉はなく可能性としての不安材料をしっかり説明するので
我家の母もその言葉だけで別の病気になれそうでした笑
wakkoさんのお父様もうちの母も無事いい結果でよかったですね☆
遠くに住んでると思うように親孝行も儘ならず歯がゆいですが
お互い今回親の顔を見てこれてよかったね♪
娘も元気で頑張ってることもひとつの親孝行!
お互い頑張ろうね☆

dekoさんへ

e-434おはよう!
昨日はお世話様でした!
回復順調で退院が早まるかもです。
回りが結構、親御さんを亡くしてる話を聞くことが多くなってきましたね。
ふと、考えると自分の親も同年代。
うちの親はまだまだと思っていたけど、立て続けに入院とかされるといろいろ考えるよね。

sakiさんへ

e-434おはようございま~す!
sakiさんのお母様も無事終えられて本当によかったですよね(*^_^*)
やっぱり医者は変に期待を持たせるより、マイナスナ部分もしっかり患者に説明しないと後でいろいろ問題が起こった時大変になるからでしょうね。
>娘も元気で頑張ってることもひとつの親孝行!
そうですよね。
元気でいることが大事だな~と思ってます。

そうゆう年よね

つくづく思うけど・・ ワシらってそうゆう年になったってことなんだよね・・
親の病気・・死・・、自分までガンだってよ、ワシら、どーするよ?おい(笑)
お友達の力になれたらいいね。 
wakkoちゃんの癒しパワーで癒してあげちゃえ!

お父さん無事手術終わって良かったね!
すごい食欲なんだ!? いいじゃんw 
白いとガンか・・
ワシのは白いのが内側にべったりついてたよ。 あれかあ、やっぱり・・

そうなんだよね。

子どもに手が離れると、親の介護と自分の健康の不安って
よく言っていたけど、自分たちがその年になってきちゃったよ。
あのね、私も腹減ったでした。(^^;)
術後4時間半たって、
天ぷら定食?息子の弁当食べちゃいました。

お友達の力になってやってくださいね。
きっと心強いと思うよ。

こんにちは!

お父さまの手術無事に終えられて
ホッとしましたね。
wakkoさん、お疲れ様でした。
親の事は放っておく事って出来ないからね^^;
兄弟姉妹が多いとホントに良いと思います。
私は一人っ子で中1のときから、看病しどうしでしたもん(^^)
その頃父は単身赴任中だったしね、、、

まずは自分が元気でいなくちゃですよね!
がんばりましょうね~(^o^)丿

ナイトカオちゃんへ

e-434こんにちは~
うちの両親はまだまだ・・・なんて言ってたら、自分の年考えても、親はもうとっくに「老人」だったのよね。
まだまだ親の「介護」「死」というものを間近に感じられずにいたけど、今回ちょっと考えちゃったよ。
友達のご主人の方も長男で今はお母さんが一人で暮らしてるみたいなの。そっちも考えなきゃいけないとか言ってたしなあ~
でも、うちものんびり構えてられないって感じよ。
父親はほんと、すごい食欲!って思った。
先生曰くね~白いと癌なんだって。
私もしこり見せられたけど、その時はまだ「良性の可能性」があったからマジマジみなかったのよね~先生も言ってなかったし・・・。
自分の見てみたいわ。

ほっこさんへ

e-434こんにちは~
親の介護、今まであんまり間近で感じてなくて、こう続けて入院されると思いしらされますね。
ほっこさんも「腹減ったー」だったの~?
術後4時間後に天ぷら定食?ってすごくない?
私なんて18時間近くゲロゲロ気持ち悪くて、次の日の朝も全然食べれなくて点滴はずせなかったの。
手術の次の日の夜からやっと食欲でたのですよ~人によって麻酔の影響って違うのね。
でも、お酒強い人は麻酔も平気だって聞いたけど^^;私お酒弱いからなあ~

ゆうゆうさんへ

e-434こんにちは~
は~い、無事終わりました~
思いのほか元気です。
これだと退院が早くなるかも(*^_^*)
ゆうゆうさん中学から看病してたの?
お父様は単身赴任でいないというのは心細かったよね。大変だったね。
うちは祖父母も一緒に住んでたから、母親が入院しても祖母が付き添いにいったりしてたの。恵まれてたよね。
親の「老い」っていうのを改めて感じて帰ってきました。
介護するには自分が元気じゃないとね!
いつも笑って元気に過ごさないと。
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