2006/12/27

2006.12.8セカンドオピニオン~病院決定まで

12/8の朝10時までにセカンドオピニオンを受ける病院へ夫と行った。
受付に行くと、問診表を渡され3,4ページ程あるものに書き入れていった。
予約時間は10時半だったのでまだ時間はあった。
問診表を書き終えると、診察券とPHSを渡された。
診察を受ける場所は2Fだったが、別にどこにいてもいいと言う。
PHSが鳴ってそのPHSにはちゃんと「何番に入ってください」と表示されるのだから。
大きな病院ともなると、待たされる患者のストレスを少しでも緩和してくれる方法を考えてくれてるんだろう。
でも、私たちは律儀に診察してもらう部屋の前の椅子に座って待っていた。
夫は仕事の疲れでウトウトし始めた。
私は持っていった単行本を読んでいたが、やはりPHSが気になった本に集中することができなかった。

最初に、「多少時間がずれることがある」と言われていたので、10時半を過ぎて呼び出しがかからなくても特にイライラすることもなかった。

PHSが鳴り「何番の前でお待ちください」と表示された。

まだその時点では順番がまだきてなかった。
中待合室で25分程待ち、PHSが鳴った「何番の診察室へお入りください」と。
夫とともに診察室へ入って行った。
セカンドオピニオンをしてくださる先生はこの乳腺科の中でも偉い人だと思った。
この病院のHPを見たときに医師の顔写真とか出てたのですぐわかった。

話をしてくれる先生の他助手が一人いて、書記のような役割をしてるような感じで話してる内容を軽快にパソコンに打ち込んでいた。

本題に入り、紹介状を見ながらこれまでの経過を話す。
プレパラートしかないが、レントゲンは撮らなかったのかと聞かれた。
そう、超音波と触診検査と針生検をしてすぐにしこりを摘出してしまったので、マンモグラフィなどレントゲンは撮っていなかった。
その事を少し不思議がられてしまった。
たぶん最初に診察してくれた先生も「まさか」と思っていたんでしょう。と。
私だってそうだよ。ほぼ良性と思っていて、安心するためにしこりを摘出したのに、結果は「悪性」だったんだから。

もう、「ガン」の部分が残ってないけど、顕微鏡検査でその細胞から「ガン細胞」が見つかってるのでその周りの細胞を取って検査し、リンパに転移してないか検査することがいいと言っていた。それは前の先生と同じ診断だった。
そして前の先生には「全摘」を薦められたことを話した。
自分が一番気になってるのはやはりそこだ。
そうすると「この場合はしこりが小さかったので温存でいける」ということだった。
しかし、やはり決めるのは患者さん本人であることも言われた。

先生は「乳がん」の説明を絵を書いて説明してくれた。
きっと何百人に書いてるだろうから結構リアルにうまく書いてくれた。
説明もゆっくりでわかりやすかった。
ただ、診察ではなくあくまでセカンドオピニオン 話を聞くだけなのた。

今後この病院で治療をする場合手術は結構先になると言われた。
こんな状態でずっといるのが嫌ならば最初に受診した病院で手術したほうがいいとも言っていた。
かなり混んでるんだろうなあ~。できれば最初に受診した病院で治療してくれって感じなのかも。
それは、HPにもなにげに書いてあった。

40分ぐらい話してくれてセカンドオピニオンは終わった。

今日の話の内容は一度、前の病院の先生に報告するということで手紙を書いてくれた。

会計をしに行くと30分過ぎてるので余計にとられるかなあと思ったが、予定した通りの2万円だった。

病院を出て、駅まで歩きながら夫と「どうしようかね」と話ていた。
セカンドオピニオンしたけど、治療する病院をどうするか決めかねていた。
そして、セカンドオピニオンの結果の手紙を持って最初の受診病院へ行き先生と話した。
先生も「後はどこで治療するかですね。別にここで治療しなきゃいけないとか、向こうの病院の方がいいとかはないですから」と言われた。
そう言われると、ますます悩んでしまうんだよね~。
う~ん。
と、考える日が2日ほどあった。
でも、なんとなく自分では最初から決めていたような気もしていた。
これ以上日を延ばしてもいけないと思い、最初に受診した病院の先生に電話をした。
「先生、今回はA病院で治療することにしました。ほんとにいろいろしてくださりありがとうございました」と言った。
そうすると、「そうですか。それはよかった。○○先生はこの分野でも優れた先生なので安心して治療してください。わざわざ電話してもらってすみません」と言ってくれた。
なんて、最後まで腰が低いんだろう。
なんか、先生との相性はよかったのかなあとふと思ってしまった。
これからはまだどんな先生になるのかわからないもの。

でも、A病院で治療することを決めたので、今度はその病院への初診の手続きをとるため連絡をしなければいけない。
12/14に電話で予約を入れたら、診察は12/18の午後1時半からと言われた。
午前中は会社に出て、午後早退することにした。

やっと、「乳がん」の治療が始まる。
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2006/12/25

2006.11.14セカンドオピニオンを受けるまで

10月26日、夫も一緒に先生の話を聞きに行ってからだいぶ日が経ってしまった。

というのも、11月から会社を移転するため11月の始めはすごくバタバタしてしまい会社を休むこともできなく、そのうえ会社が終わってからは友達に施術のモニターをお願いしてたりと中々時間がとれずにいた。

こんなにのんびりしてたのも「進行性」ではないというのがあったからもしれない。
それと、どうしても「乳がん」といのから目をそむけたかったからもしれない。

初めに診てくれた先生もとても丁寧なやさしい先生でしたが、「日本乳癌学会の乳腺専門医」に名前がなかった。

その学会の専門医だからといって必ずもいいドクターとは限らない。
一応その病院では乳腺外科の先生なのでなんの問題もないと思ったが、
周りでも「セカンドオピニオン」はした方がいいということもあり、セカンドオピニオンを受けることにした。

セカンドオピニオンといってもどこを受けたらいいんだ?

友達とメールし合ってるうち彼女が入っているあるサークルの方のところへメールで相談したらその方が治療された病院を教えてくれた。

中々よさそうである。

しかし、場所的にどうかなとか、なんとなくひっかるものがあり結局自分で決めたところへ行くことにした。

先生にセカンドオピニオンのための紹介状を書いてもらうようにお願いして、祝日などが入り受け取りに行ったのは10日後の11月の24日だった。

そして、セカンドを受ける病院へ連絡してセカンドを受ける曜日は金曜日だけだという。そうするとまた10日後の12月8日になるという。
それでいいと言って11月27日に紹介状とプレパラート(レントゲン写真はなし)を提出しに行くことになった。

やはり大病院は予約を取るのも一苦労だ。
前に中々進まない。

会社からは地下鉄と私鉄を乗り継いで行くと40分ぐらいで着いた。

その病院は駅に降り立つと大きいのですぐわかる。

病院内に入ると病院のわさわさした感じがあまり感じられなかった。

とても清潔感もあり、わからない時はすぐに聞けるようにスタッフがところどころに立っていた。

スタッフの対応もいいし、雰囲気的にはいい感触である。

電話で話していたので受付はスムーズに済み、あとは12月8日に受けにくるだけになった。

セカンドオピニオンを受けるのは保険診療外となり実費になる。
病院ごとで値段は違うが初診料は5,000円で相談料は30分10,000円、顕微鏡検査代は5,000円と言われた。
なるだけ30分以内で済みたいと思ったが、その時の状況によるだろうなあ。
でも、ここは比較的安い方だった。
ある大学病院は基本が30,000円だった。
お金の問題じゃないけど、そういうのもこれからの長い治療にかかわってくるので金銭的な面も十分病院を決める選択肢に入っていると思う。

12月8日のセカンドオピニオンは夫にも一緒に行ってもらうことにした。
2006/12/24

診断給付金

Xmacard.jpg

クリスマス・イヴももうすぐ終わるんだー。
この連休はサロンへお客様がお一人ずついらしてくれた。
あとは、お家で年賀状を書いたりして。

連休は夫も仕事だったので食事も一人だったし「クリスマス」って感じじゃなかったなあ。

今朝は午前3時頃、近所というか前のマンションで火事(たいしたことなかったけど)があり、ホントにびっくりしてしまった。
消防車が4,5台きてすごい騒ぎだった。でも、ああいうときってほんと何していいかわからない。
ただ、ウロウロ。
自分のとこのマンションだったらと思うとゾッとした。

一昨日、生命保険会社から封書が届いた。
内容は、診断給付金の支払いについてだった。
私は告知されたと同時に、生命保険会社へ給付金の申請をしていた。
保険会社からはすぐ送られてきたのだが、病院へ診断書を請求して先生に書いてもらうまで1ヶ月近くかかった。
診断書を受け取って保険会社へ書類を送ったら、意外にも早く処理してくれたみたいだった。
助かるなあ。

ま、すぐに入用ではないが「ガン」と診断されたら給付されるものだったので、とりあえずしてみた。
また、入院・通院での保険請求は別の病院になるのであらかじめ2通用意してもらった。

この保険はCMでも有名な「よ~く考えよ~お金は大事だよ~」というところである。
自分が「ガン」になるとは思わないから、たぶん掛け捨てだからそんな多くも掛けてはいなかった。
でも、「万が一」というのはホントにあるんだな~と思った。
ガン保険はこれ一つだけだ。
前に知り合いが外資系の保険をやってて、ちょっと考えてたんだだけど、今掛けてる保険がが終わったら考えようと思っていた。
あと、3年ぐらい後になるけど。
でも、あの時入ってればなあと思ってしまう。
あとの祭りだけど。
「乳がん」と告知される前から、検査をするのに毎回ちょこちょこお金が出て行ってる。
これから検査・手術・治療となるといくらかかるんだろうと不安になってくる。
やっぱり仕事して治療費かせぐしかないね~。

2006/12/22

仕事・自宅サロンのこと

私は自宅でアロマトリートメントサロンをやっていますが、本業は会社員です。
自宅のサロンは会社がお休みの土日祝日のみの営業です。
ご希望により平日夜も受け付ける場合もあります。

よく言われるのが「お休みなくて大変だね」と。
でも、昼間の仕事と全然違う仕事だし好きな仕事って疲れないんです~(*^_^*)
ただ、昼間の仕事が暇だってこともあるんですよね。
1日中机に座っての仕事だし、残業もほとんどない。
従業員数6人で人間関係も良好。
なんせ私は15年勤続のお局様ですから~^_^;
でも、年はお局でも全然偉くないんですよ。これが。
給料も安いしなあ~。

なぜアロマテラピーの世界に足をつっこんだかというと、始めはリフレクソロジー(足裏療法)に興味があり、資格を取るため通信で学び、スクーリングなど試験を経て去年資格を取得しました。
アロマテラピーはシャンプーや石鹸など手作り化粧品に興味が出はじめてから本格的に学びたくて、AEAJのアロマテラピーアドバイザーの資格を取りました。
でも、その裏にはブログ(アロマ系のブログも書いてます)で知り合った人たちと交流することで触発されたのもあります。同じ道を進むセラピスト仲間や友達の後押しもあったと思います。

その後、ボディトリートメントなどを学ぶために学校へ通いました。
その学校は働く人の為にはとてもいいカリキュラムが組まれていて、ほとんど授業は土日か平日19時以降だったので仕事になんの支障もなく卒業することができました。
スクールはサロンも併設されていたので、そこでサロンワークも学ぶことができたのです。
同期の子はスクールを卒業した後、併設してあるサロンで週に2,3日働いたりしてました。
バイトはみんな昼間仕事を終えてからサロンで働いていたのです。
みんながんばるなーと感心していました。

このリラクゼーション系のバイトってものすごく時給が安いんですよ。ホントに驚くほど。
社員になっても給料が安いので、一人暮らしをしてサロン勤め1本で生活していくのは結構大変みたいなんですよね。
(高級ホテルのセラピストさんだったら違うのかもしれないけど)
好きじゃないと続かない仕事です。

私もサロンで働かないかと誘われていたのですが、サロンだと時間通りにトリートメントを終わらないとまずくて、忙しい時はホントにバタバタしてしまうんですよ。そういう余裕のない仕事は、なんかピンとこなくてそのまま卒業をしました。

アロマスクールへ通った目的はやはり「自宅開業」したかったからなんです。
築うん十年の借家でサロン開業するのは無謀かなとも思いましたが、やってないと忘れてしまうんですよね~。腕がなまる~

開業するにはフェイシャルなどもやりたかったのでボディと併用してフェイシャルトリートメントを学びました。

6,7月でモニター募集をして今年の9月に念願のサロンをオープンしたのです。
土日祝日のみなのでそんなに忙しくありません。

趣味の延長?って思われてる人もいるかもしれませんが、40歳過ぎてからの第二の人生は趣味で終わらせたくなかったから真剣に学んで、取り組んできました。
でも、やっぱりまだ「副業」だから甘い考えがあるのかなあ。

いずれは自宅とは別に部屋を借りてサロンを開きたいという目標がありました。
サロン1本でやるとしたらもっともっとがんばらないと!と思っていた矢先「乳がん」ですからね~。
出鼻くじかれましたよ。

オープンして4ヶ月で長期休業?

お客さんにはどういいうふうに説明しよう。

たぶん「一身上の都合によりしばらく休業します。復帰はまだ未定です」みたいな・・・・。

病気のことは知られたくないですね。
なんとなくですけど。
乳がんになったことは、仲のいい友達・会社関係・・・・そして実家の両親にもまだ言ってません。(この話はまた後日書こうと思いますが)

手術してどれぐらい後に復帰できるか、それが気になります。
手術もしてないのにね^_^;
Dr.コトーの鳴海先生じゃないけど「命と後遺症とどちらが大切ですか?」(ドラマ見てない人ごめんなさい)って、言われると・・・・そりゃー命だけど・・・・・。

とにかくトリートメントは腕を使いますから腕が動かないと話しにならないですよね。
でも、もっと体を使うお仕事をされてる方はたくさんいると思うのでリハビリ次第でいくらでもできるようになるとは思ってます。

こんなことを考える前にまず手術のことだろ!と思いますが、年が明けないと何にも進まないのでとりあえず年内いっぱいはサロン業30日までやってます。
たぶん1月もめいっぱいやると思います。
当分できないから体に叩き込んでおかなきゃ!
でも、無理はしないようにします。
乾燥してる時期はどうも気管支炎がまた出始めるので気をつけなくちゃ!
クリスマスももちろんオープンしてま~す




2006/12/21

2006.10.26主治医の説明

10月17日に「告知」を受けて、夫と一緒に話を聞きに行くのが仕事の都合や先生の都合などで約10日後になってしまった。
説明を聞きに行く時間は夕方の6時半。
診療時間外にゆっくり話しをしたいという先生の意向のもとだった。
私も仕事帰りだったので、助かったが夫は夕方から仕事なのでその日は休みをとってもらった。
直接病院で待ち合わせしていたのだが、夫は5時半頃には来ていたらしい。しかし、6時になったら病院の表玄関を閉めてしまうということで出されたみたいで外で待っていた。
表玄関からは入れなくなっていたので、夜間出入り口で守衛さんに「外科の○○先生とお話するお約束になっています」と言って、先生に取り次いでもらった。
外科の診察に来てくれということで私たちはしーんと静まりかえった病院の廊下を歩き診察室へ入っていった。
普段でも結構明るく早口で腰の低い先生が、いつもより腰が低く椅子が1つしかないと、隣の部屋の別の先生の椅子を持ってきてくれた。
一通り自己紹介をするとすぐ本題に入った。
「乳がんであること」「今後の治療」「セカンドオピニオン」
今後の治療としては、「全摘」「温存+放射線」「ホルモン治療」「抗がん剤治療」などがあげられるが、
私の場合しこりをもう切除してあり、ガン部分はない。
しかし乳ガンは乳腺内に入り、染み込む感じで病巣が広がっていく病気であるため、その部分を切り取ったからと言ってガン細胞がもうないということはならないのだ。
そのため切り取った部分から+半径2cmぐらい切り取り、センチネル生検
もする。術後は放射線治療は必然。ホルモン治療も陽性(前に調べた)だったので行なえる。抗がん剤治療は必要ないのでは。

しかし、先生は「全摘」を押してるような気がした。
ずーーと昔は乳がん=全部切る みたいな感じだったが、「温存」ということが主流になってきて温存手術をたくさんしたところがいい病院という風潮が出てきたが、必ずしもそれがいいとは言えなくなってきていると。温存+放射線治療をしたあとの「再健」は難しく、それならば
「全摘」して「再建する」のが最近では見直されてるということを先生は懇々と説明してくれた。

どんな治療でもそれなりにいいとこ、悪いとこがありリスクもある。
確かに全摘したら毎日の放射線治療がない、胸がなくなってもきれいな
胸が作れる。
でも、再健は自分の体の一部を切り取ってやる方法と人工なものを使う場合があるというが、自分の体の一部をとって再建するとより自然な感じに出来上がるという。
でも、また体に傷を作るということに抵抗を感じてしまうのだ。
それに、人工の場合は保険が利かなく美容整形的になりかなりお金がかかるということだ。

私の中には「全摘」というのがまったく頭になかった。
考えてもいなかった・・・と言ってもいいかもしれない。

温存して「再発」して、結局「全摘」になったとき「再健」するのが難しいと言われると、どっちがいいんだろうと考えてしまったのだ。
しかし、検査で広範囲に広がってたら「全摘」に決まるだろうけど。

先生は治療は患者さんが望む治療をするからと言ってくれているが
「そんな自分で何がいいのか決めろなんて無理だよ。」と思った。

ガンを告知されてから私が「乳がん」になったことを知らせた友達は2人である。
その中の一人は乳がん患者で温存手術+放射線治療もしていた。
その友達には「乳がん」と言われてから、いろいろ話を聞いてもらっている。
やはり「セカンドオピニオン」はするべきだと言われていたので、先生からその話がなかったら自分から聞こうと思っていた。
でも、先生の方からその話は出た。
「セカンドオピニオンを受けるならこちらは全ての資料を提供しますから大丈夫ですよ」と言ってくれた。
そして「主治医は相性ですからね。すごく有名な先生でも相性が合わないとだめですよね」と。
いくら腕が良くても性格悪くて、これから長く付き合っていくうえで肉体的精神的にもまいってるのに、それに+人間関係で悩みたくはない。
でも、今目の前のいる先生と自分も相性が合うかどうかと言われても・・・わからないのだ。
とてもやさしくて丁寧ないい先生だが、なんとなくせっかちなところが気になっていた。たぶん早口なのでそう思ってしまったのかもしれない。

2時間近く先生の話を聞き、病院を出て帰りの道すがら夫と「どうすればいいんだろうね」と言うと。
夫は「いろいろメリットデメリット考えて、一番したい方法でやろう」と言ったが、一番したい方法って言われても・・・・・・・・・。
それがわからないから悩んでるのだ。
いっそ「あなたはこのやり方でやります」と言われた方が気が楽だ。

その後ネットで調べたり、友達にメールで相談したりしたが答えは見つからなかった。
セカンドオピニオンを受けて決めようと思っていた。
でも、結局最初に思っていた「他に傷を作りたくない」というのがあったから、もうその時点で治療方針は決まっていたのかもしれない。
2006/12/20

スピリチュアルトリートメント&アロマトリートメント

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乳がん告知から治療までのお話はまだ続くのですが、ちょっと「乳がん」ネタは置いといて、アロマテラピーのお話をします。

昨日はお友達のセラピストのところで「ヒーリングトリートメント&トリートメント」を受けてきました。

彼女は私よりも先に自宅開業されててアロマセラピストとして大先輩です。

その彼女は最近新しくメニューに取り入れようとしてるヒーリング系のトリートメントのモニターをしてきました。

服を着たままで、ベットに寝て彼女が私の不調な部分に手を当ててエネルギーを送ってくれるのです。

最近、このスピリチュアルなものを取り入れてるサロンさんが増えてきてるんですよね。

私としてはまだ全て信じてるってわけではないですが、確かに「手」からのエネルギーを少しずつ感じることができてきました。

手をかざしたり、触れてる部分はものすごく熱くなってくるのです。

途中、眠くて記憶がさだかではないんですがとってもあったかいものに包まれてる感じなのです。

そのトリートメントを終えてから通常のアロマトリートメントをしてもらいました。

昨日は上半身の背中を集中してもらうことにしました。

1週間前より風邪をひき、まだそのなごりが残っています。

今年2月に気管支炎になり、それが思いのほかひどくて大変辛い時期を過ごしました。

前々から気管支が弱くて、熱は出ないんだけど咳・痰がひどいのです。

風邪を引くと熱よりも咳がひどくなるのが怖いのですよ。

昨日も、咳がまだ出るのでトリートメント用のブレンドオイルは

ユーカリ・・・・抗ウイルス作用・去痰作用・殺菌作用

レモン・・・・・消毒殺菌作用・免疫強化作用・食欲増進作用
メイチャン(リツェアクベバ)・・・・抗菌・抗ウイルス・抗真菌作用

ユーカリ・レモンはアロマテラピーでも代表的で一般的にも聞きなれていると思いますが「メイチャン」ってなかなか知らない人もいると思います。かわいい名前でしょ。

実は私も今年の冬に初使用しました。

それ以来好きになってしまいました

生育地は中国、東南アジア、インドネシアなどに原生していて、日本や台湾でも作られているそうです。

香りはスパイシーなレモンでフルーティーな感じ。

レモングラスよりも穏やかな香りです。

「メイチャン」は疲れた体と心をリフレッシュしてくれる働きがあり、気分を高揚させてくれます。
呼吸器系の疾患にはとてもいい作用をしてくれるのです。

この3つのブレンドで背中・肩甲骨・肩などをていねいにトリートメントしてもらいました。

かなり肩甲骨が凝っていたので、とっても気持ちよかったですぅ。

自分でのマッサージは足や腕、多少肩などできますが背中は無理。

人にやってもらうとホント気持ちいい~です。

おかげで今日は背中もすっきり、心もすっきりです。

そうそう、毎日マスクを着用して通勤していますが、マスクの下にティッシュを敷きその間に「精油」を1滴垂らすと、とても心地よいです。

今日はやはり「ユーカリ」です。

抗ウイルスと去痰作用ですからね、必然です。

気分がすぐれないときはペパーミント・レモン・オレンジなどもおすすめです。

注)精油の原液は刺激があるので直接肌にはつけないでください。



2006/12/19

2006.10.17「癌」告知

2006年10月5日しこり部分を摘出し、病理検査の結果を聞きに言ったのは10日過ぎだった。

たぶんまた良性だろうと思って聞きにいったのですが、診察室に入るなり先生が「いや~ちょっと悪い物がでちゃったみたいで」と。

「悪い物」????

「病理の結果「癌」という細胞が見つかったんですよ」

私は頭の中で整理できなくて先生が淡々と今後どういった治療を受けていくかを話ているのに、返事だけは「はい」とか言ってるのに頭に入ってこなかった。

そうしているうちにだんだん気分が悪くなり、冷や汗が出てきて軽い貧血。

先生に「少し気持ち悪いので横になっていいですか?」と言って、診察室においてあるベットに横になった。

横になったら気分が少しよくなり先生の話も少しわかってきた感じだった。

とりあえず今度家族の人と一緒に来てその時詳しく説明しますと言われた。

気分はだいぶよくなったのだが安心の為病院で少し休んでいくことになった。

仰々しく車椅子に乗せられ隣の処置室のベットに30分程寝かせられた。

一人になった部屋でボーっと考えてたらひとりでに涙が出てきた。

「なんで?私が?」という思いと、「サロンを開業したばっかりなのに・・・」と病気のこともショックだったが、オープンしたてのサロンを休業しなきゃけいなくなることがすっごくショックだった。

そのことを夫にいうと「治ったらいくらでもできるじゃないか」と言われた。

でも、その時は「予約入ってる人どうしよ」とかそういうことばかり気になってしまった。

気分がおさまったので看護師さんに挨拶して病院を後にし、すぐに夫に電話をした。

「なんか悪い物出ちゃったみたい。今度ご主人と話を聞きにきてくださいって」

「そうか。わかった。ちゃんと治さなきゃね」

夫も言葉が少なかった。

夫の仕事は夜の仕事で睡眠時間も少なく、もともと喘息を持ってるため回りから「見かけだおし」といわれるぐらい私より体が弱いので、みんな夫の体のことを心配するような感じだった。

それが、病気になったのが私だなんて。

これからは夫にも心配かけちゃうなあ。
2006/12/16

2006.10.5 しこりの切除

9月19日の針生検から1週間経ち、病院へ結果を聞きに行くことになった。
病理の結果は「グレー」
グレーってことは、なんともないかもしれないし癌かもしれないってことなんだと思うけど、その時点で主治医も驚きの様子もなく説明してくれた。

ただ、1年に1ミリずつ成長してるってことはこのままほっとくと確実に1cm、2cmになるってことだから、大きくなってから摘出するよりは小さいうちに取り出した方が傷も小さいし、何より安心するのでは?と言われたが、今すぐ切らなくて都合のいい時に切ればいいよ的な言い方をされた。

でも、私はこういう不安な状態で生活をしたくなかったので、「すぐに切ってください」とお願いした。

今思えばあの時私が「すぐ切って」と言わなければ、ガンであることを知るのが遅くなっていたんだと思うと恐い。

しこりの切除は普通の診察の時間にできるという。

30分ぐらいで終わるし、お風呂も次の日から入っても言いと言われた。

切除する日は2006年10月5日に決まり、一人でも大丈夫だと言ったのだか、夫が仕事を休んで付き添ってくれた。

当日は熱や血圧を計り、その後すぐ手術着に着替え(上半身だけ)診察室のベットに横になった。

そうしているうち先生が来て、手術の流れを説明し、皮膚の麻酔をされた。

先生に「ものすごく強くつねってるけど痛くない?」と言われたが、何にも感じなかった。

麻酔が効いてからメスが入れられたんだろう。

それも全然感じなかった(当たり前か)

一応、手術だから、緊張してないと言えば嘘だ。

体にメスを入れられるのは5歳の時の盲腸以来なので30ウン年ぶり?

今度は皮膚の中へ麻酔をしてるみたいだった。

麻酔の量も一度に入れてないみたいなので、先生が「痛かった言ってくださいね」と言った。

途中、何度か「痛いです」と言うと

「はい、今麻酔しますね」と。

そうすると痛みがなくなるという感じで切除は進められた。

部分麻酔の為、手術中の音が全て聞こえてくる。

電メス?で焦げた臭いがしたり、はさみでしこり部分を切り取る音とか引っ張られる感じとかがするので、途中とっても不安になり「早く終わってくれ~」と手に汗をかいてきた。

終わったのは診察室に入って45分ぐらいだった。

傷も1.5cmぐらいで縫い方も美容整形の縫い方らしく目立たないらしい。

切り取ったしこりは周りに1cmほど脂肪をつけて切り取ったらしく、元々の0.8cmよりは大きくなっていた。

それはすぐホルマリンに入れて病理に回された。

そのときも先生は「これで病理にまわして結果を待つだけだけど、たぶん大丈夫だと思いますよ。明日は消毒に来てくださいね。」と明るく言われた。

私もその言葉を信じて、何の不安も持ってなかった。

待合室で待っていた夫にも「大丈夫だよ。傷も小さいし、今日は痛み止めもらったし、今日はお風呂入っちゃいいけないらしいけど明日からは平気みたい。明日消毒に来なさいって」と。

1週間後の結果がこうなるとはまったく想像せずに、帰りはラーメンを食べて帰ってきた。

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2006/12/16

2006.9.19左乳腺腫疑で検査

年に1度の会社の定期健診が7月にあり、その結果が届いた。

また「左乳腺腫疑」要検査の文字

また、というのは2003年に自分でしこりを発見。

健診のエコーでもしこりが移り、要検査の通知がきた。1ヵ月後同系の病院にて診察を受けることになった。

診察でエコー検査をすると、胸の内側、乳輪より2,3cm離れたところに5mmのしこりが移った。

とりあえず内容物を検査しないとわからないということで その場で針生検が行なわれた。

エコーに移しながら針を刺して吸い上げるような感じで、痛みは最初のチクッだけだった。

10日後検査結果が出たが、内容物は水のようなもので良性のものだと言われた。

良性ならよかったーと思い、そのまま安心しきって、3年後に乳がんになるとは思いもよらず、年に1度ある健診のみで、精密検査までやることをすっかり頭から消えていた。

そして今年7月の健診で「要精密検査」と書かれた文字を見て、再度同じ病院を訪ね検査をしに行った。

実は3年前より3mm大きくなっていたのだ。

そう言えば3年前に「大きくならなければ問題はない」と言われたような記憶がよみがえってきた。

2006年9月19日に3年前に診察してもらった先生がいて「お久しぶりです」の挨拶。

「今回なんだか大きくなってるみたいなんです」

「そうか、じゃーちょっとエコーで見て、針生検してみよう」と言われ、また3年前と同じように針で刺された。

「うっ。痛い」

「ごめん、ごめん、今回は前回の針より太くなったんだよ。前の針だと細すぎて内容物が取りきれないということでね」と言われた。

それにしても前よりも数段痛かった。

針が太い分傷も少しついた感じ。

また、きっと3年前と同じような感じだろうなと先生も私も楽観的に考えていたように思う。

そして、1週間後結果を聞きに行くことになった。